あらすじ

科学者として有名な平賀源内が福内鬼外の筆名で、矢口渡の新田神明の縁起をを脚色した作品。

柳橋歌舞伎

矢口の渡しの頓兵衛は、渡し守渡世には不似合いな立派な家に住んでいる。新田義貞が足利との合戦に敗れて討死後、その子義興がこの渡しへ落ちてきたとき、頓兵衛は足利方から命ぜられて一役買い、船底をくり抜いてまんまと義興を水底に葬った。褒美に過分の恩賞を得た頓兵衛は、その金を元手にたちまち長者にのし上がったのだ。

冬のある夜、この家に宿を求めた若い男女の二人連れは、死んだ義興の弟儀峯と愛人の傾城うてな。出てきたのは頓兵衛の娘お舟、一目見るから義峯を思い染めてしまった。

神霊矢口渡

義峯も拒み切れず互いに寄り添うたとき、ドロドロと怪しい物音とともに二人は悶絶してしまう。さては娘の色香に迷った咎めかと、うてなが義峯の懐中から御旗を取り出せば、不思議や二人は息を吹き返す。義峯たちはこの家の様子にいぶかりながら奥へ入った。

始終を窺っていた下男の六蔵は、さてこそ新田の落人、生け捕って褒美にしようと奥へ踏み込もうとする。お舟は立ちふさがり、色仕掛けで六蔵を口説き父頓兵衛に知らせてからにしてくれと勧めるので、六蔵も承知して親方に伝えるために出かけて行った。

お舟はホッと一息。この間に義峯たちを逃がそうと奥へ入る「ぬっと出たる主の頓兵衛」藪を押し割って頓兵衛が顔を出す。

神霊矢口渡

夜具縞の厚綿の着付け、銀髪赤顔で見るからに強欲な風貌である。門口へ窺い寄り戸をあけようとするが鍵がかかっているので仕方なく壁を切り破って屋内へ入った。頓兵衛は足音を忍んで床下に回り、いきなり刀を突き上げた。上ではワッと叫ぶ声。障子を蹴飛ばして内へ入り、月影にすかしてみれば義峯ならぬ娘のお舟。仰天する頓兵衛に、お舟は手負いの苦痛をこらえながら一部始終を物語り、父の非道を意見するが、頓兵衛は聞かばこそ、義峯を落としてやったと聞くと歯がみをして口惜しがり、手負いの娘を打擲するありさま。

神霊矢口渡

「娘可哀と思うなら、お心をひるがえし、義峯様を助けてたべ」とお舟が手をあわせて頼むのもどこ吹く風。こういううちにも落人を逃しては一大事と表へ飛び出し、傍示杭を切ればこれが仕掛けの合図の狼煙。物欲の鬼さながらの姿で頓兵衛は駆けてゆく。

千鳥の合方に乗って韋駄天という特殊の歩き方で花道へ引き込み。ツケの音、頓兵衛の持った太刀の鳴鍔の音が交錯して古怪な気分を盛り上げる。

あとにお舟は苦痛の身をあせりながら櫓へのぼる。太鼓を打てば囲みを解く定めなのだ。よろめき、ようやく撥を取り上げたお舟は、再び現れた六蔵が止めようとするのを斬って捨て、太鼓を打つ。

神霊矢口渡

一方、頓兵衛は小舟を漕ぎ出し落人を追ったが、櫓の下あたりまでくると、どこからともなく白羽の矢が飛んできて頓兵衛の喉元へ立った。新田義興の霊が放った矢である。頓兵衛はしきりに苦しみ、お舟は安堵の笑みをもらしながら落ち入る。

↓ 2017年の柳橋歌舞伎

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