古関裕而(こせきゆうじ) 【福島市出身の音楽家】Vol.2 朝ドラ「エール」前に予習しよう♪

もっと知りたい「古関裕而」

Here is the English version

昭和歌謡史に大きな足跡を残した古関メロディは、日本人の心の琴線に触れる優れた楽曲でした。時代故に、戦時歌謡といった作品も多いですが、彼自身は自分の作った曲で戦地に向かった兵士を思い苦悩する事もあったようです。

しかし彼の作る曲の本質は、人々を励まし背を押してくれるような応援歌だったのではないでしょうか。曲中で転調している作品も多く、「長崎の鐘」ではマイナーコードからメジャーへ移行するなど、暗い世界に光が差し込むような願いが込められています。

古関裕而記念館

1964年の東京オリンピックでは「オリンピック・マーチ」が流れた後、「誰が作曲したのか」いう問い合わせが各国から殺到したといいます。また行進曲で世界にその名を知られるようになった古関は、米国の「マーチ王」と呼ばれるスーザになぞらえて「和製スーザ」とも呼ばれています。

古関裕而記念館 オリンピック・マーチ

2020年は、2度目となる東京オリンピック・パラリンピックの開催年。同大会の野球・ソフトボール競技が開催されるのも福島市とあって、福島市では何年も前から古関夫妻の朝ドラ実現に向けて活動していたそうです。
前回のオリンピックで入場行進曲を手掛けた古関氏の物語を見るのに、これ以上ふさわしい年はないですね。福島市を舞台にした朝ドラ『エール』も楽しみですが、一人の人間としても興味深い人物をより詳しく知る好機です。ぜひ訪問してみてくださいね。

古関裕而記念館 喜多三(きたさん)

▲家業「喜多三(きたさん)」は由緒ある呉服店。古関が5歳の時に音楽好きの父親が蓄音機を購入し、いつもレコードをかけていました。幼少から音楽に触れていた古関はロシアのクラシックに関心があり、ほとんど独学で作曲の道を志すように。のちにコンビを組む野村俊夫(作詞家)はご近所さん。
音楽好きな小学校の担任・遠藤喜美治の音楽指導など、良い縁にも恵まれていたようです。

古関裕而記念館 喜多三(きたさん)

古関裕而記念館

古関裕而記念館 スケッチ

▲絵画も作曲と同様、創作に繋がるもので、創作旅行では画材を持ち歩き風景をスケッチしました。

古関裕而記念館 趣味

▲作画と8mm撮影が趣味。編集も自分で行っていました。

古関裕而記念館

古関裕而記念館 裕而と金子

古関裕而記念館 裕而と金子

▲1929年にイギリスの楽譜出版社が公募した作曲コンクールに応募し入賞。報道を読んだ金子(きんこ)が古関にファンレターを送り、約3ヶ月半の文通を経て1930年、古関20歳、金子18歳でスピード結婚。愛妻家でおしどり夫婦だったといいます。また、声楽家志望だった金子は帝国音楽学校に進み、それを応援し支えたのも古関でした。

古関裕而記念館 販売コーナー

▲CD、書籍、関連グッズなども購入できます。

古関裕而記念館 外観

[取材協力]福島市古関裕而記念館

住所:福島県福島市入江町1-1
T E L:024-531-3012
開館時間:9:00~16:30(但し、入館は16:00まで)
休館日:年末年始(12月29日から1月3日)を除いて開館。
※施設点検や展示替え等で、臨時休館する場合があります。
入館料:無料

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